2022.12.20
視覚障がい者の日常におけるデジタル接点~インクルーシブな体験の未来を考える~
近年、UX/UIを考える上で「インクルーシブデザイン」のアプローチが注目されています。
特にGoogleでは、「インクルーシブマーケティング」をはじめ、戦略からインクルーシブ観点を入れることが開発プロセスの中で必要なプロセスとされています。
電通デジタルでも、SDGs、インクルーシブデザインのソリューションに注力し、誰でも自分らしくデジタルプロダクトを使えるようにデジタル上の体験を考えています。
では、実際に障がいを抱える人の目線で使いやすいと感じるデザインには、どのような特徴があるのでしょうか。
視覚障がいを抱えながらもパラアスリートとして活躍している、電通デジタル所属の若生裕太さんに日常でのデジタルとの接点について聞いてみました。
また、記事の後半では、電通デジタルのインクルーシブデザインソリューションに注力しているメンバーの星野沙恵、大河原志乃、馬問津による考察も紹介します。
若生裕太/陸上競技 やり投げ(F12クラス)
小学1年生で野球を始め、高校野球部時代には甲子園出場経験のある強豪校で主将を務める。20歳の頃にレーベル病を発症し視覚障害になる。2018年4月からパラスポーツを始め、同年6月よりやり投げに専念。2019年には日本記録を樹立し、2021ジャパンパラ陸上競技大会など多くの大会で優勝を果たす。今後もおおいに活躍が期待される。
パラスポーツとの出会い
大学までは野球をしていた若生さん。大学2年生の時、キャッチボールでボールが見えにくくなるという異変に気付きました。
「レーベル病の大きな特徴は、視界の真ん中が認識しにくいことです。物や顔が認識しにくいですが、周辺や遠くの景色はわかるので、歩くことなどは問題ないです。
最初の半年から一年で一気に視力が低下しましたが、その後はある程度安定しています。」
元々体育教師として生徒をサポートする立場を目指していた若生さんは、パラスポーツに出会い、プレイヤーとして表に立つ道を選びます。
「視覚障がい者のイベントに参加した際に、パラアスリートで活躍している人に出会い、パラスポーツを勧められました。
野球のプレイヤーとしては高校生で引退していたので、パラアスリートとしてもう一度プレイヤーに挑戦するには覚悟が必要でしたが、自分が視覚障がい者として活躍できるのはスポーツではないか?と思い、パラアスリートにチャレンジすることを決意しました。
やり投げを選んだ理由は、これまでやってきた野球の経験が生かせることでした。
他のプレイヤーとの関係性がないソロスポーツである点や、 目を閉じて投げることもできるため目を使わずにプレーできるスポーツだということも魅力的でした。
一方で、自分の投げたやりの高さや飛び方を把握できないことには難しさを感じています。」
日常でのデジタル接点
電通デジタルに所属する若生さんは、普段はアスリートの活動に専念しながらも、社員として毎月の情報共有を行う定例会やインタビュー取材などにも参加しています。
「業務は基本的にスマホで行っています。Web会議は4人以上になると顔が小さくなるので把握しづらいです。また、Zoomのチャットや画面共有の文字は見えていません。
スマホでズームをしてみていますが、なかなかわからないので後で共有してもらっています。」
また若生さんは”自分が画面共有をしている際、ほかの参加者のリアクションが見えない”といった不便さも挙げていましたが、これは健常者とも変わりません。
仕事以外の日常生活でも、スマホの便利さを実感しているといいます。
テキストコミュニケーションでは、文章の量に応じて読み方を使い分けているそうです。
「長文の場合は音声で聞きますが、短文の場合、例えば”明日●時に集合”程度であれば、ズームして確認した方が早いです。
特別なアプリなどは使わず、画面の文字の大きさの設定やズーム機能、VoiceOverを活用しています。」
音声読み上げの機能の精度は上がっていますが、困った体験もあったそうです。
「ニュース記事をVoiceOverで聞いていた際、記事の途中に挟まる広告まで読み上げられることがありました。
目で読む場合だと読み飛ばせますが、聞く場合は都度中断して確認をする必要があります。
一度中断するとまた始めから読み上げることになってしまうため、不便に感じます。」
「他にも、”2022年”と読んでほしい時に”2-0-2-2-年”と数字として認識されることもあり、とっさに把握できないこともあります。」
また、コロナ禍ならではの課題もあると言います。
「電車内は換気のために窓を開けていることが多いですが、駅のアナウンスやイヤホンで聞いている音声読み上げが聞き取れず不便に感じることもあります。」
決済シーンにおけるインクルーシブな体験
近年一気に普及が進んだキャッシュレス決済。若生さんにとっても、キャッシュレス決済は便利なことが多いそうです。
「キャッシュレス決済になってすごく楽になりました。
現金のときは、硬貨の把握が難しいのでとりあえずお札を出していました。
しかし、お札も把握が難しいので、両替してすべて千円にして使っていました。
「モバイルSuicaもすごく便利です。
これまではチャージする際に券売機を使わないといけませんでしたが、スマホ上で完結できるようになったので便利に感じています。」
あらゆるものがデジタルに移行することで、楽になったことが多い。と言います。
ここまでで挙がったものは、健常者にとっても使いやすいものです。
一方で、デジタル化することで不便になったこともあるそうです。
「クレジットカードで暗証番号を打つ際、従来のキーボードだと問題ないのですが、液晶の画面で数字がランダムになっているものは入力が難しいと感じます。
他にも、ファストフードでタッチパネルでの注文は難しく、”今日は何があるのだろう”といった楽しみは生まれにくいです。
それなら店員さんに声で注文できる方が良いなと思いました。」
今後のデジタル体験への期待
インタビューの最後に、若生さんは今後のデジタル体験への期待を語ってくれました。
「私は車の運転ができないので、徒歩圏内で生活しています。
今後自動車が必要な地域に住むなら必ずサポートが必要ですが、毎回人に頼むわけにもいかないので、自動運転で自分で運転できると良いなと思います。」
ここからは、弊社のインクルーシブデザインチームがインタビューを経て考えたことを紹介します。
インクルーシブデザインチームの所感
星野沙恵
生活のあらゆるシーンにおいて、健常者にとって一般だと思ったことでも障がい者にとっては一般的ではないということを改めて感じました。
一方で、使い慣れているものを使い続けたい、またそのプロダクトを使って、どう自分自身の特性と向き合っていこうかと考えていることは、実は障がい者の方だけではなく、健常者の私たちも共感できる点だと思いました。
これからのデジタルプロダクトを考えるときには、ユーザーの特定のシーンのみに使えるものの、それ以外のシーンでは役に立たないプロダクトではなく、ユーザーの状況に応じて柔軟に変化し、長く愛され続けるプロダクトを作る必要があるのではと思いました。
大河原志乃
若生さんの、「初めて行く時は誰かと一緒に行かなければいけない」というコメントは、まさにインクルーシブで解決すべき課題だと思いました。
私たちインクルーシブデザインチームは、そういった場面で「一人でも行ける」ことの実現に向けて取り組んでいかなければならないと感じました。
馬問津
若生さんが語っていた「初めてのお店でタッチパネル使うことに抵抗がある」や「電車の音がうるさくて聞き取りづらい」といった日常での不便さは、視覚障がいだけではなく、シニア、外国人、あるいは私たち自身でも共感できる課題だと思いました。
マイノリティの方の観点は、マジョリティにとってまだ深刻ではない課題を改めてズームインしてくれているので、作り手として、非常にユーザーのインサイトを発見しやすくなりました。
このような問題発見は、まさしくインクルーシブデザインの手法からイノベーションに繋げるプロセスの良い事例だと改めて感じました
体験設計を行う上では、サービスを使うユーザーのあらゆる状況を想定した「インクルーシブデザイン」のアプローチをとることによって、 障がいの有無にかかわらず使いやすいと思えるようなサービス・プロダクトを作っていけるのではないでしょうか。
濱藤柚香子
プロジェクトマネジメント事業部
2020年に電通デジタルに入社。ユーザー起点でのサイトディレクションやユーザーテスト、アンケート設計・分析業務、ワークショップ設計・運営業務など幅広い支援業務に従事。
※所属は記事公開当時のものです。
馬問津
CXクリエイティブ事業部
顧客体験とクリエイティビティを起点として、サービスのアイディエーションから形にするUX、UIまで、一気通貫でデザインすることを得意とする。最近では、インクルーシブデザイン観点のデザインシステムの規定、SDGsの取り組みとユーザーモチベーションを繋げる新規サービスの設計、立ち上げ支援を行っています。
※所属は記事公開当時のものです。
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