2021.06.16
WeChatのプロダクトマネージャーが語るユーザー体験デザイン【中国デジタル最前線】
コミュニケーションツールWeChatは中国ではインフラともいえる、代表的なアプリの一つです。2018年にテンセント社が発表したデータでは、WeChatはMAU10.86億人、1日あたり450億通ものメッセージがやり取りされ、4.1億回の通話が発生すると言われています。
地球上の全人口の7人に1人が使っているWeChatですが、ユーザーの体験についてどう考えているのでしょうか?本文では、WeChatを作ったプロダクトマネージャーAllen Zhang氏の紹介と、「WeChat Open Class pro 2016」のAllen Zhang氏のスピーチ内容の一部を抜粋し、WeChatの体験設計の理念を説明します。
WeChatを作ったプロダクトマネージャーAllen Zhang氏
Allen Zhang氏は、中国の大手IT企業テンセント社の上級副社長であり、WeChatを生み出したプロダクトマネージャーとして知られています。
2010年、WeChatアプリプロジェクトがスタートし、Allen Zhang氏はプロジェクトの最高責任者を担当することになりました。2014年、テンセント社の社内組織変革によりWeChatグループ(WeChatアプリ業務、WeChatSNS業務など含め、7つの業務で構成されているグループ)が設立され、Allen Zhang氏はグループ全体の最高責任者になりました。
WeChatのあるべきユーザー体験について、Allen Zhang氏は以下のように考えを述べています。
WeChatユーザー体験のミッション:ユーザーにとって良いツールであるべき
「良いプロダクトとは、ユーザーが使用した後すぐ離脱するプロダクトだ」と、Allen Zhang氏は語っています
他のアプリケーションの運営から見ると、WeChatはユーザーの1日の利用時間が長く、羨ましいと思うかもしれませんが、Allen Zhang氏は、「いかにユーザーに効率的に自分のやりたいことを達成させるか」ということを重視しています。
WeChatはどのようにこのミッションを実現しているのか、筆者はAllen Zhangのスピーチで解説された内容を以下の三つのポイントにまとめました。
①厳格に制限されている広告枠
WeChat内で唯一広告枠が存在しているモーメンツ(タイムライン)機能では、全ての広告、プロモーションが慎重に選別されていて、広告は一日2回までの表示に制限されています。モーメンツ機能はWeChat機能の中で、ユーザーの使用頻度が高く、1ユーザーあたり一日平均30~40回、モーメンツのチェックやリアクションを行っています。
モーメンツ機能を使う目的は友人の状況をリアルタイムで確認することですが、広告・プロモーションを制限しない場合、モーメンツの中身は広告で埋め尽くされ、ユーザーが求めていない情報が増えてしまいます。最終的に、ユーザーはモーメンツ内の情報に薄さを感じ、モーメンツをチェックする意欲が下がるという最悪な結果になります。
WeChatはユーザーがタスクを処理するようにモーメンツをチェックすることは望んでなく、目に触れた内容全てがユーザーにとって読みたかった内容であることを目指しているようです。
②過量な友達追加を推奨しない
WeChat内では、友達を自動追加する機能がなく、友達追加には全てユーザーの承認が必要とされています。SNSアプリにとって、友達数(フォロワー数)は重要なKPIの一つとされることが多く、既に「QQ」(WeChatと同じくテンセントが提供しているメッセージサービス)で膨大なユーザー数をもっているテンセントであれば、WeChatに友達の自動連係機能を実装すれば簡単にユーザーを増やすことができます。しかし、WeChatは友達の追加について慎重に捉えており、ユーザーの友達数が増えすぎないように、毎回ユーザー側に追加するか、追加しないかを確認し、一度に大量の友達追加もできません。
その理由として、Allen Zhang氏はドイツ出身の建築家、ミース・ファン・デル・ローエの名言「Less is More」の考えに基づき 、少ない情報ほど、ユーザーがアプリ内で効率的に処理することができると考えています。効率的に処理することにより、ユーザーに時間の余裕が生まれ、それにより、継続利用の意向が高まり、プロダクト内の他サービスの利用につながる可能性があるため、プロダクト自体の将来性・成長も見込めるのではないかと考えられています。
③プラットフォーム内の全ての3rd party サービスも同様なミッションを持つ
WeChatは、単なるSNSアプリではなく、公式アカウント、ミニアプリなど、数多くの3rd partyサービスと連携されており、ユーザー接点の入り口となるプラットフォームになっています。
WeChatでは、3rd partyサービスのアカウントから送られる配信の回数にも厳格であり、ユーザーへのコンテンツ配信を1日あたり1回までとしています。3rd partyの運営側からすると、ユーザーに届ける情報量が多ければ多いほどプロモーションに有利ですが、ユーザーから見ると、情報量(コンテンツ)が多ければ多いほど見たくなる、ということではありません。プロモーションの発信は、発信側にベネフィットがありますが、発信を受ける側にはベネフィットが少なく、送られてきた情報に対してひたすら耐えるだけとなってしまいます。
ユーザーの効率的な目的達成に重きを置くWeChatは、全ての3rd partyサービスに同じ考えでサービスを設計することを求めています。
なぜWeChatは良いプロダクトなのか(筆者の見解)
プロダクト戦略やビジネスモデルの視点から見ると、KPI設定では、滞在時間がよく指標として設定されています。なぜなら、滞在時間が長いほど、ユーザーとの接点が増え、企業側が設定するゴールに誘導しやすくなるからです。
「ユーザーが使ったらすぐ離脱するプロダクト」は、収益性が求められているプロダクトにとって、一見矛盾のように聞こえますが、ユーザー視点から考えると、プロダクトは効率的に自分の目的やニーズを満たすためのツールであるべきではないでしょうか。「プロダクトの機能面では効率的にユーザーのニーズを満たし、ユーザーにプロダクト自体への愛着を持ってもらい、訪問回数を高めることによって、長期的な収益化の実現が見込める」という理解もできます。
ユーザーがWeChatアプリから離れても、WeChatそのものからは離れられることはありません。チャット機能、公式アカウントのコンテンツ閲覧、友人のモーメンツ閲覧、WeChat支払い…全ての機能が効率的になり、ユーザー体験を高め、ユーザーに「WeChatは使いやすい、もっと使いたい」と感じさせることがWeChatの体験デザインの理想です。WeChatは単なる一プロダクトの領域を超えて、WeChatがある生活スタイルの構築まで構想しているのではないでしょうか。
(出典1) 微信数据报告2018
微信数据报告2018
https://support.weixin.qq.com/cgi-bin/mmsupport-bin/getopendays
(出典2) 张小龙 (腾讯副总裁、微信创始人)
https://www.sohu.com/a/352982212_100038287
(出典3) China Channel WeChat Open Class pro 2016 Allen Zhang氏2016年公開セミナー
https://www.youtube.com/watch?v=mw0jocXmyn8&
- WeChatアプリ内スクリーンショット
馬問津
CXクリエーティブ事業部
中国出身。美術大学卒業後、2020年に電通デジタル入社。サービス構想からUI設計まで、クリエーティブを起点とするユーザーエクスペリエンスデザイン業務を行っている。
※所属は記事公開当時のものです。
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