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2021.05.21

b8ta:「発見」と「体験」が生む新たなユーザー体験

#UXデザイン#イノベーション#グローバルトレンド#体験レポート

濱藤 柚香子 濱藤 柚香子

はじめに

コロナ禍におけるリモート生活の浸透によって、人とのリアルな交流が減ったり、遠出を避けるようになったりといったように人や社会とのかかわりの範囲は以前より狭くなってきているように感じられます。しかも、AIやレコメンド機能の発展によってオンライン上のコンテンツは自分に合ったものにどんどん最適化されてきています。その結果、これまで知らなかった新たな商品に偶然出会う機会は減ってきているのではないでしょうか。そんな中、「偶然の出会い」による価値提供を目指す小売店「b8ta」が日本に上陸しました。今回は、b8taを実際に訪れた体験をもとに、どういった点が従来の小売店と異なるのかについて紐解いていきます。

b8taとは

2020年8月1日に、新宿と有楽町に「b8ta」というお店がオープンしました。b8taは、最新のガジェットや日本のものづくりの技術を生かした商品、ファッションや食品など、幅広いジャンルの商品を体験できる小売店です。2015年のアメリカでの一号店のオープンを皮切りに、アメリカとドバイを中心に計25店舗を出店し、今回の日本出店を含めると世界で27店舗に上ります (2021年4月28日現在)。区画ごとに異なるメーカーの商品が並んでいて、来店客はそれらを手にとって体験できます(一部の商品はその場で購入することもできます)。出店企業は月額で出店料を払う必要がありますが、店内に設置されたAIカメラから収集された来店客のデータ(年齢層・性別・行動動線・立ち止まり率)を得ることができ、それによってリアルな来店客の行動を分析し、商品開発やプロモーションに活かすことができるというメリットがあります。

b8ta体験レポート

先日、実際にb8ta有楽町店に行ってきました。正面はガラス張りになっていて、ショールームのようでした。実際に体験した中で、b8taの特徴としては大きく以下の3点が挙げられると感じました。

①世界観が統一されたフラットな空間

店内には、iPhoneと連携できるメモ帳や化粧品などの既に知っている商品もあれば、ドッグフードのサブスクや紙のような描き心地の磁性メモパッドなど、初めて見る商品もたくさんありました。ありとあらゆるジャンルの商品が並んでいるものの雑多な印象はなく、店内全体が一つの空間として統一されている印象です。

この理由として、b8taが出品企業に対して「ブランドロゴを掲示しない」というルールを設定していることが挙げられます(特別ブースは例外)。展示商品と商品説明用のタブレット内のコンテンツは自由ですが、ポスターやポップなどによるブランドロゴの掲示はされていません。 

ブランドロゴが掲示されている場合では、知らないブランドの商品をつい敬遠してしまい、結局なじみのあるブランドの商品ばかりに注目するといったことが起こる可能性があります。しかし、「ブランドロゴを掲出しない」というルールによって統一性が保たれたb8taの店内では、ブランドという先入観にとらわれず、商品そのものをフラットに見て・触れて楽しむことができると感じました。

②「売らない店」というスタンスの確立

b8taは販売をメインの目的にしていません。店員からは「いらっしゃいませ」ではなく「こんにちは」と挨拶されます。また、店内には在庫が陳列されておらず、レジもありませんでした。従来の量販店では商品に値札がついているのが当たり前ですが、b8taでは値札もついていません(タブレットの商品説明欄には値段が記載されています)。これらの要素によって、来店客は、ものを買うという目的なしに色々な商品を体験することができるのです。そしてこのことから、b8taが提供している体験は、単なる「買い物」ではなく「“これまで知らなかったもの”との出会い」であると言えるでしょう。 

小売店なのに来店客はものを買わない。この仕組みはどのようにして成り立っているのでしょうか。次にご紹介する「データ収集」が鍵になるかもしれません。

図1. 商品の展示状態(筆者撮影)

③データ収集

b8taが「売らない店」として成り立っている理由は「体験データの収集&提供」にあります。来店者の行動は約20台のAIカメラや商品説明用のタブレットから取得され、来店客の行動データとして分析されます。

出品企業は、月に30万円の出品料を払って商品をb8taの店頭に置きます。一見かなり高額にも思えますが、来店客のオフラインの行動データを取得できる機会はなかなかなく、また商品を買った来店客だけではなく買わなかった来店客の行動データも収集できるため、出品企業は商品改良の有効なヒントを得ることができます。さらに、自社で店舗を持つよりも低コストでオフラインのチャネルを持つことができるので、出品企業にとってもメリットが多い仕組みとなっています。

カメラの数の多さを聞いて、監視されるようなイメージを抱きましたが、実際のところカメラの存在はほとんど気になりませんでした。タブレットを触っていても、“自分の情報が搾取されている”という感覚はなく、商品の体験に熱中することができました。

図2.頭上に設置されているAIカメラ(筆者撮影)

b8taのCX

私はb8taのCXの特徴として「従来のデジタルマーケティングの逆張りによる価値提供」を見出しました。具体的には「じっくり商品に触れられる体験」と「偶然の出会い」の二つの価値です。

「じっくり商品に触れられる体験」がもたらす価値

SNSや口コミの発展で、ネット上でも商品・サービスに対するリアルな意見を得られるようになりました。しかし、最近ではネット広告やPR記事・動画なども多くあふれるようになり、たくさんの情報の中から信用できる情報を適切に選び取ることは難しくなってきています。そのため、ネットが発展した現代においても「実際に商品に触れる体験」は来店客にとって価値があると言えます。さらに販売を主目的としないb8taでは、「実際に商品に触れる」だけではなく、急かされることなく自分が納得するまで「じっくりと体験する」ことができます。じっくり体験することで、来店客はネットの情報だけでは分からないリアルな商品の特徴を感じることができます。

しかし実は、「じっくり商品に触れられる体験」は来店客に価値をもたらすだけではありません。b8taで取得された来店客の行動データは出店企業のマーケティングにも活用されるのです。具体例としては以下の内容が上げられます。

“店内に設置されたセンサー・ライブカメラで、ユーザーが商品をどのように試用しているかなどのライブ情報を収集し、メーカーや卸に販売している。(中略)各種のデータや知見を活用し、どのような商品・サービスにニーズがあるかを百貨店やGMS内で仮説構築し、メーカーなどと仮説構築を行う。その販売状況(リアルやネットでのリコメンドに対する反応含む)や評判のデータを店頭で収集し、仮説検証を行うサイクルを高速で回すことで、消費者にとっても常に新鮮で魅力的な商品やサービスを商品やサービスを体感・購入できる場となる。”(出典1

「偶然の出会い」がもたらす価値

SNSやレコメンド機能などによって、オンライン上で出会う情報や商品はどんどん最適化されてきました。自分に合った情報・商品との出会いは容易になった一方で、「フィルターバブル※1」 のように、自分の見たい情報しか見えなくなってしまうことも懸念されるようになりました。そういった課題を解決する上でも、b8taの提供する体験は有効です。

b8taは前章の①、②で述べた例のように、来店客がフラットに店内を楽しめるような工夫を行っています。また「テスター」と呼ばれる店員からは、商品の使い方などの詳しい説明を受けることができます。来店客に新たな発見を促すための商品のレイアウトもテスターがこだわって考えているそうです。このような工夫によって、b8taでは思いもよらなかった商品との「偶然の出会い」が生み出されるのです。

※1:過去のユーザー情報をもとにインターネット上で出会うコンテンツが個別最適化された結果、自分が見たい情報しか見えなくなってしまうこと

おわりに

このように、「じっくり商品に触れられる体験」と「偶然の出会い」を提供するb8taのCXは、パーソナライズ・レコメンドが目指される従来のデジタルマーケティングに対するアンチテーゼであると言えます。 b8taが「売らない店」と呼ばれているように、本来あるべき姿や常識をひっくり返してみることは、顧客に新たな体験を提供する上で大きなヒントになるのではないでしょうか。 

(参考文献・資料)
・出典1:デジタルマーケティング2.0 AI×5G時代の新・顧客戦略, 安岡寛道編著,日経BP,2020年
・「店舗で売らない」米b8taが日本上陸 顧客満足の鍵は体験(日経XTREND)
https://xtrend.nikkei.com/atcl/contents/watch/00013/01090/
・b8ta(ベータ) 2020年8月1日に2店舗同時開業が決定/日本初上陸含む47商品を新たに追加公開(PR TIMES)
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000006.000053185.html
・業界未来予想図ーー店舗は「買う場」から「体験する場」に。/b8ta Japan(TOMORUBA)
https://tomoruba.eiicon.net/articles/1966
濱藤 柚香子

濱藤 柚香子

DXディレクション事業部

大学では乳幼児の発達心理を専攻。サークルで企業協賛を担当したことをきっかけにデジタルマーケティングに興味を持ち、2020年に電通デジタル入社。ユーザー起点でのサイトディレクションや調査・ワークショップ設計業務を行っている。

※所属は記事公開当時のものです。

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