2021.03.02
「あつ森」に見るユーザーエクスペリエンス~ユーザーインターフェース8つの黄金律との比較~
1.はじめに
「あつまれどうぶつの森(略称:あつ森)」は、2020年3月20日に発売されたNintendo
Switch用ゲームソフトです。世界中で大人気の作品で、累計販売数は3,118万本に上ります(
仕事面においては、4月に新卒入社し研修期間を経て6月にUXデザインやリサーチを担当する部署に配属されました。UXについて学んでいく中で、あつ森での体験を思い出し「いろんな人々が夢中になったのはUXのすばらしさによるものではないか」と気が付きました。そこで本稿では、UXデザインの原則の一つである「ユーザーインターフェース8つの黄金律」と「あつ森」のゲーム内の場面を比較して、UXの観点から見たあつ森の魅力をお伝えしていきます。
2.ユーザーインターフェース8つの黄金律
UXについて学ぶ中で、あるフレームワークに出会いました。それが「ユーザーインターフェース8つの黄金律」です。この原則はBen Shneidermanが提唱したものです。
Ben Shneidermanは、Don NormanやJakob
Nielsenと並ぶ近代的なデザイン研究の草分け的存在で、メリーランド大学のHuman-Computer
Interaction Labの創設者(
この黄金律は、彼の代表的な著書である「ユーザーインターフェースの設計:効果的なヒューマンコンピューターインタラクションの戦略」において提唱されました(
ユーザーインターフェース8つの黄金律(
- 一貫性を持つようにする
- あらゆる人のユーザビリティーの欲求を満たす
- 有益なフィードバックを提供する
- 完了感を与えるための対話を設計する
- エラーの処理を簡単にさせる
- 簡単にやり直しができるようにする
- 制御の内部の働きをわかるようにする
- (人間の)短期記憶領域の負担を少なくする
このフレームワ―クは本来ユーザーインターフェースについて書かれたものですが、私はこれを見て、私生活でプレイしていた「あつ森」のゲーム全体のユーザーエクスペリエンスの中で当てはまる場面をたくさん想起しました。
ここからは早速、ユーザーインターフェース8つの黄金律をご紹介していきます。
3.「あつ森」に見るユーザーインターフェース
ここからは、「あつ森」の実際の場面を用いて先述の8つの黄金律の解説をしていきます。
3-1.意外とハード?ローン地獄
一つ目の黄金律は「一貫性を持つようにする」です。
“似たような状況では、一貫した一連の操作が要求される”
と本文では解説されています。
これはユーザーインターフェースというより「あつ森」のゲーム全体のユーザーエクスペリエンスに当てはまると考えられます。「あつ森」は、無人島からどんどん島を発展させてお店や住民を増やし、有名歌手のコンサートを開くというストーリーです。有名歌手のコンサートの後は、「島クリエイター」という機能が解放され、川や崖を作ったり、道路工事をしたりといった遊び方ができるようになります。ストーリーが進むにつれて機能は増えていきますが、日々の島での暮らしは一貫しています。それが「虫や魚、フルーツを集めてお金を得る」さらには「カブの売買を通してお金を増やす」という流れです。ゲームが進むにつれて自分の家を増築していけますが、その度に高額なローンを組まなければいけません。ローンを返済するために私たちは虫や魚を採ったり、木材を集めてDIY家具を作ったりして売却し、お金を稼ぎます。時には、現実世界の株のように価格が変動する「カブ」の売買によってお金を稼ぐこともあります。そうして集めたお金をローン返済に充てるのです。
増築のレベルは7段階あり、ローンの総額は莫大な額です。そのため、増築を続ける限りローン返済地獄からは抜け出せず、プレイヤーは毎日お金稼ぎをする必要があります。すなわち、虫取り、魚釣り、木材集めなどの似たような場面では、アイテム収集→売却→ローン返済という同様のステップを踏むことになるのです。このことが、ゲームの中における「一貫性」であるといえるのではないでしょうか。
3-2.子どもでも大人でも、初心者でもマニアでも
二つ目の黄金律は「あらゆる人のユーザビリティを満たす」です。
“初心者と熟達者、年齢、障がい、技術理解の多様性といったような、ユーザーの多様なニーズを理解し、内容を変形できるような柔軟なデザインをする”
と本文では説明されています。
これに対応するゲーム内の要素は2つあります。一つ目は「会話文に全てふりがなが振られていること」です。下の画像のように、住民との会話や説明文には全てふりがなが振られており、子どもでも問題なく会話を楽しむことができます。会話時にボタンを押すと会話のスピードが速くなるので、大人でもストレスなく会話できます。
他にも、友達と通信する際にはキーボード入力を使って会話することができます。ゲームの入力キーボードには変換機能はついていませんが、スマホアプリと連携すると漢字変換もできるようになります。ひらがな入力だと子どもにとっては使いやすいと思いますが、大人は漢字も使える環境の方がコミュニケーションをとる上でストレスを感じにくいのではないでしょうか。このように、子どもと大人それぞれが使いやすいように工夫されているのです。
二つ目は、「絵画の展示方法」です。ゲーム内で手に入る絵画は、実在する名画がモデルになっています。絵画の前に立つと説明を見ることができます。例えば、ミレーの「落穂拾い」は最初は「よくみるめいが」と説明されます。元の絵画を知らない人にとってはその名の通り「よくみるめいが」ですが、次の画面に行くと原画のタイトルである「落穂拾い」が書かれています。そのため、元の絵画を知っている人や本来のタイトルを知りたい人にとっても親切な設計となっています。このように、あらゆる人に使いやすいように工夫されているのも「あつ森」の大きな特徴といえるでしょう。
3-3.住人にプレゼントを贈ると…
三つ目の黄金律は「有益なフィードバックを提供する」です。
“どんな操作に対しても、システムはフィードバックを与えるべきである。しばしば実行され、しかも影響の少ない操作に対する応答は簡潔に、たまに実行されて大事な操作の応答は情報量を多くすべきである。”
と説明されています。これに対応するゲーム内のシーンは「住人へのプレゼント」です。自分が持っているアイテムを島の住人に渡すと、渡したアイテムによって異なる反応が得られます。さくらんぼをあげたらうっとりした表情で喜んだり、ねんどをあげたら「なるほど…」と落ち着いた反応だったり。感情豊かな住人の反応は、次回のプレゼントで渡すものの参考にもできるため、ユーザーにとって有益なフィードバックであるといえます。
他にも、生物を捕まえた際にはそれぞれの生物によって違うコメントが表示されたり、服を買った際には店員に「よくお似合いです」といってもらえたりと、ゲーム内では随所にフィードバック要素が散りばめられており、ユーザーのモチベーション維持に貢献しています。
3-4.教育のしっかりした従業員
四つ目の黄金律は「完了感を与えるための対話を設計する」です。
“操作の流れにも起承転結(始まり、中間、終わり)が必要である。一連の操作を完遂したときに操作者がそれを知らせるフィードバックは、一つのことをやり遂げたという満足感、安心感を与え、不測の事態を起こす可能性を少なくするとともに次の操作への準備を促す”
と解説されています。「あつ森」では各店舗の従業員がしっかり教育されていて、とても丁寧な応対をしてくれる点が特徴的です。家具や雑貨を扱う「たぬきち商店」では、店員のタヌキが笑顔で挨拶をしてくれます。これによって、買い物をするという一連の動作に対して、会話を通して完了感を得ることができているのではないでしょうか。
3-5.オートセーブで安心
五つ目の黄金律は「エラーの処理を簡単にさせる」です。
“できる限りユーザーが致命的なエラーを起こさないように設計しなければいけない。もし、エラーが起きてしまったとら、システムがその原因を見つけ出し、簡単でわかりやすいエラーの処理方法を提供するように心がけなければならない。間違った操作をした時は、システムの状態が変化しないようにするか、元の状態に戻せる方法がなければならない。”
と説明されています。
これを満たしている「あつ森」の機能は「オートセーブ」です。これまでのどうぶつの森シリーズのソフトでは、ユーザー自身が随時セーブボタンを押してからゲームを終了する必要がありました。セーブをせずにゲームを中断してしまうと、それまでに入手したアイテムや稼いだお金が消えてしまうというエラーが起こってしまう場合があったのです。
しかし、最新作の「あつ森」では、3~4分に1回自動でセーブされる「オートセーブ」が搭載されました。これによってセーブのし忘れによるエラーのリスクが大幅に削減されました。
3-6.緊急脱出サービス
六つ目の黄金律は「簡単にやり直しができるようにする」です。
“操作はできる限り可逆にすべきである。操作を誤ったとしても、それを取り消せることを知っていれば不安にならず、よく知らない機能でも試してみる気にさせる”
これに対応する機能として「緊急脱出サービス」というものがあります。このサービスを使うと、島内で迷子になった際に指定した場所まで送り届けてもらうことができます。友達の島や知らない離島で迷子になってしまったときに、この機能によって簡単に元の場所に戻ることができます。そのため、初めての場所に行っても安心して冒険できるのです。
3-7.スマホで情報に即アクセス
七つ目の黄金律は「システムの内部の働きをわかるようにする」です。
“経験豊富なユーザーは、自分がシステムを制御し、システムは単にその操作に応答しているという感覚を強く望む。ユーザーを驚かすようなシステムの反応や、うんざりするほどの量のデータ入力、あるいは欲しい情報を得ることが不可能または困難であったり、期待していた操作ができないなどは、全てユーザーを不安にしたり不機嫌にさせる原因である。”
と本文では説明されています。
これに対しては、ゲーム内でキャラクターが持つスマートフォンが当てはまります。ユーザーが実生活で使っているスマートフォンに近い操作で、生き物図鑑やマイル(≒経験値)などのあらゆる情報にスムーズにアクセスすることができます。これによって、欲しい情報を得ることに対するストレスが削減され、ユーザーはシステムの応答性に満足することができるのではないでしょうか。
3-8.カゴは持たずにお買い物
八つ目の黄金律は「短期記憶領域の負担を少なくする」です。
“人間の短期記憶領域には限度があるので、表示は簡潔にし、何ページにもわたるような表示は統合し、一連の操作を学習するために十分な時間を用意する”
と説明されていました。これに対応している例は「お店で1品/1コーデずつ会計する仕組み」です。雑貨や家具を販売しているたぬき商店では、商品を一つ選ぶたびにお会計する仕組みになっています。
買い物カゴを持たずに買い物をすることで、「今何個買ったっけ?」や「合計いくらだっけ?」といったモヤモヤを抱えずにシンプルに買い物をすることができます。他のゲームでも見られる仕組みではありますが、この仕組みも短期記憶領域の負担を少なくするデザインといえるのではないでしょうか。
4.おわりに
このように、あつ森にはあらゆる場面でユーザーインターフェース8つの黄金律と対応する部分があることがわかりました。ゲーム内のあらゆる場面が図らずもこの原則に対応していることが、大ヒットにつながる要因の一つだったのかもしれません。
漠然としていてとっつきにくい印象もあるUXだと思いますが、このように普段何気なく利用しているものをUXの視点で見つめなおしてみると理解が深まり、新たな発見も得られるのではないでしょうか。みなさんもぜひ日常の中でのUXデザインに着目してみてはいかがでしょうか。
https://www.nintendo.co.jp/ir/pdf/2021/210201_3.pdf
http://www.cs.umd.edu/users/ben/
http://www.cs.umd.edu/hcil/DTUI6/
濱藤 柚香子
DXディレクション事業部
大学では乳幼児の発達心理を専攻。サークルで企業協賛を担当したことをきっかけにデジタルマーケティングに興味を持ち、2020年に電通デジタル入社。ユーザー起点でのサイトディレクションや調査・ワークショップ設計業務を行っている。
※所属は記事公開当時のものです。
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