2024.08.29
最新店舗の視察を通して見えてきた、”単なる売場”を超えた店舗体験の可能性 ~後編~
株式会社電通デジタルでは、リテール業界の最新の店舗体験を把握するため、定期的な店舗視察を実施しています。
当記事では、視察を通じて得られた、店舗における体験価値創造のヒントを前編・後編にわたって紹介します。
なぜ、いま店舗体験をあらためて考える必要があるのか
2023年5月にCOVID-19が「第5類」へと移行したことで、コロナ禍のピーク時と比べると徐々に小売店や外食店、商業施設などの利用者数が増加してきました。
一方で、コロナ禍での自粛生活を通じ、EC利用者が拡大し、”オンラインの方が安く、楽に自宅まで届けて貰える”と考える人も増えてきたのではないでしょうか。
こういった背景から、「立地と品揃えに優れているため、短時間で効率的に買い物ができる」だけでは、わざわざリアル店舗を訪れようとは思わない場面もあるでしょう。
そのため、これからのリアル店舗では、”買い物における効率の追求”以外の提供価値を考えていく必要性が高くなっていると、我々は考えます。
今回は、我々が実際に視察した3つの店舗事例をもとに、リアル店舗ならではの強みを活かした体験価値創造のヒントを示していきます。
店舗内の仕掛けで、買い物を通じた社会貢献を実感することができる
~Kuradashi~
たまプラーザテラスに常設店舗を構えるKuradashiは、通常の販路では販売できない賞味切迫の商品や季節はずれの商品などを手頃な値段で購入できる、フードロス削減に貢献する店舗です。
Kuradashiでは、”ただ安く購入できるだけではなく、”社会貢献を実感できる仕掛け”が、店舗空間の強みを活かして練られています。
店舗内の壁などの空きスペースに、フードロスについて知れるコンテンツが掲載されており、買い物しながら知識を得ることもできます。
店頭のディスプレイには、店舗が実現したフードロス削減量が可視化されており、一目で環境に配慮している店舗であることが伝わります。
特に社会貢献を実感できる仕掛けとして、社会貢献活動・団体への投票があります。
購入時に渡されるボタンを、自分が支援したいと思った団体に投票可能となっており、投票数に応じて、Kuradashiが売上の一部を寄付する仕組みになっています。
デジタル上での投票ではなく、あえてボタンを用いることで、”来店する度に投票が積みあがっていく”様子を確認しやすいのも、社会貢献を実感できるポイントだと考えられます。
店舗内の空きスペースの活用や、顧客に”投票”という具体的なアクションを行ってもらう仕掛けがあるからこそ、社会貢献を実感しながら買い物を行うことができる空間になっていると考えられます。
社会貢献活動を実施し、発表している企業は多数ありますが、”顧客自身が社会貢献への参加を実感できる”体験にまで落とし込めている点で、Kuradashiの店舗体験は洗練されていると言えるのではないでしょうか。
デジタルを活用したアクティビティで、ブランドの世界観に触れることができる
~Volvo Studio Tokyo~ ~
店舗内に設置されている様々なフィジカル/デジタルコンテンツを通じて製品やブランドの魅力を伝える店舗の事例として、Volvo Studio Tokyoがあげられます。
従来のディーラーは営業色が強いイメージがある一方で、今回紹介するVolvo Studio Tokyoは、直接的な営業の役割を持たず、EV車の魅力やVolvoブランドの世界観を伝えることに特化した、最新型のブランドスペースです。
具体的には、下記のコンテンツが提供されています。
・車に関心のない人でも立ち寄りやすい、スウェーデンのFika文化を体験できるカフェスペース「SSS CAFÉ(エスカフェ)」
・ARコンテンツを通じて、Volvoの歴史や文化、取り組みについて学べるアプリ「Volvo Studio Tokyo Explore」
・VolvoのEV車で、ストックホルムの街をドライブした気分を味わえる「Virtual Drive」
・事前予約で(もしくは来場時の空枠状況により)、実際に最新EV車の快適な乗り心地を試乗体験できる「Test Drive」
気軽に立ち寄ってもらうためのフィジカルコンテンツとしては、スウェーデンのFika文化を体験できる「SSS Café(エスカフェ)」があげられます。Fikaとは、仕事の合間などに時間を取り、「甘いものと一緒にコーヒーを楽しむ」というスウェーデンの文化のことです。SSS Caféはカフェのみの利用も可能で、店舗内で自由にゆっくりと過ごすことができます。
こちらでは、オープン当初はセルフサービスで提供していたコーヒーを、昨年11月からはSTOCKHOLM ROAST社とコラボした「SSS Café(エスカフェ)」が出店し、販売しています。無料提供からよりクオリティの高いメニューを販売する形式に変更することにより、来店者が抱えていた長時間滞在に対する罪悪感を軽減させ、滞在時間の長期化とコミュニケーション接点の拡大に成功しています(担当者コメントより引用)。
Volvoのブランドや発祥の地スウェーデンの魅力を伝えるデジタルコンテンツとしては、「Volvo Studio Tokyo Explore」が用意されています。
Volvo Studio Tokyo Exploreは、カフェのテーブルやカウンターに設置されたQRコードからダウンロード可能な、AR技術を活用したデジタルアクティビティを提供するアプリです。店内各所に掲出されているARマーカーをアプリ上のカメラで読み込むことにより、Volvoに関するトリビアやサステナビリティへの取り組み、発祥の地スウェーデンの文化について知ることができます。
スタンプラリーのようにARマーカーを探すことを楽しみながら、ブランドについての知識を自然と深めることができるコンテンツです。
他にもこちらの店舗は、デジタル試乗コンテンツ(=Virtual Drive)で興味関心を向上させ、シームレスにリアルな試乗(=Test Drive)に繋げている点が特徴的です。
Virtual Driveは、Volvo Studio Tokyo限定のバーチャル運転体験コンテンツです。こちらは車内に設置されているARマーカーをアプリで読み込むことで起動するコンテンツです。スタジオに展示されているVolvoのEV車に乗り込み、目の前のスクリーンに映し出されるストックホルムの街並みの映像を見ながら、まるでスウェーデンをドライブした気分を味わうことができます。
Virtual Driveを通じて、「映像ではなく実際に運転してみたい」という気持ちが醸成された場合、その場で予約の枠が空いていればで60分程度の試運転であるTest Driveが体験できます(基本は事前予約制)。Test Driveでは専任ドライバーのサポートの元、EV車特有の静音性、なめらかな加速やダイレクトな操作感、ワンペダル走行などが実際に体験可能です。
一般的には精神的なハードルが高い試乗体験ですが、Volvo Studio Tokyoは、「売らない店舗」であるため直接的な営業活動をされないことと、Virtual Driveでプレ試乗体験をすることで興味関心が刺激されることの2点から、より自然な形での試乗への誘導を実現しています。フィジカルとデジタルを融合させることにより、試乗までのハードルを低下させるという、良質な顧客体験が設計されているコンテンツと言えます。
このようにVolvo Studio Tokyoは、フィジカル/デジタルの各コンテンツを通じて、入店から認知・理解、試乗により、来店後の検討や購買へと繋げる理想的なジャーニーを体現した、洗練された顧客体験を提供する店舗であると言えるのではないでしょうか。
”カスタマイズ体験”を通じて、自分だけの商品に出会える
~iFace Lab~
(※2024年9月1日(日)に、『iFace 原宿店』としてリニューアルオープン)
「顧客自身に、その場で商品をカスタマイズしてもらえること」を活かした事例としては、iFace Labがあげられます。
従来型の店舗は、企業側が提供する商品を顧客側が購入するという形が一般的ですが、今回紹介する店舗では、自分の手でデザイン・アレンジした製品を購入することができます。
店舗で試行錯誤しながら、世界に一つだけの商品を作り上げることで、製品自体のみならず店舗体験に対しても特別感や愛着を感じるようになります。
◆iFace Lab
iFace Labとは、2023年8月に渋谷・原宿エリアにオープンした、店舗内でオリジナルのインナーシートやモバイルアクセサリー、アクリルキーホルダーなどを作成できたり、ストア限定のコラボグッズを購入できる、スマホケースブランド「iFace」のコンセプトストアです。こちらの店舗は、「ユーザーひとりひとりの自分らしさを追求する実験的なスペース」という意味合いを込めて「Lab」と名付けられています。
筆者は、透明なスマホケースの間に差し込む「オリジナルインナーシートデザイン」を体験したため、この体験についてご紹介いたします。
オリジナルインナーシートデザインの体験は、以下の流れで行います。
・(持っていない場合)透明なスマホケースを購入
・文字とスタンプを組み合わせたり、AI画像生成技術を用いたりして、自分だけのインナーシートをデザイン
・3Dプリンタで造形し、15~30分程度で受取・装着可能
インナーシートは、店舗に設置されたタブレットにて、いくつかの方法で作成できます。その中でも注目は、最新の画像生成AI技術「Stable Diffusion」を活用した方法です。適切なプロンプト(指示文)の入力とアートスタイルの選択だけで、生成AIが自動でインナーシートの画像をデザインしてくれます。生成AIがオンライン上でデザインしたものが、インナーシートとしてオフラインで形になるという店舗体験は、新規性が高く非常に印象的なものとなっています。
自分でカスタマイズした製品を日常的に利用することを通じて、ブランドへの愛着度も向上するのではないでしょうか。
おわりに
このように、単に”物を買う場所”を超えた店舗体験が日々実現されています。
前編・後編に渡り、多くの店舗体験を紹介致しましたが、見られた特徴をまとめると、 “ARなど先端テクノロジーの活用”、”ユーザー参加型の体験”、”自分好みにカスタマイズできる体験”、”第三者視点で商品の良さを伝える仕掛け”、”デジタルツールと人による接客のベストミックス”が挙げられます。
オンラインで手軽にものを購入できる時代ではありますが、まだ購入しようか迷っている顧客への一押しや、いつも購入いただいている顧客に向けた特別な体験の提供など、オフラインの店舗だからこそ実現できることもあります。
そのような施策を検討する際に、今回の事例が参考になれば幸いです。
楠本悠太
トランスフォーメーション部門
2020年、電通デジタルに入社。UXコンサルタントとして従事。定性/定量調査をクイックに行いながら、toC向け新規サービス開発や、業務アプリケーションのUX改善などを担当。
※所属は記事公開当時のものです。
武井悠輔
トランスフォーメーション部門
2022年、電通デジタルに入社。UXデザイナーとして従事。幅広い業界のOMO戦略立案支援やメタバース開発支援、サイト分析などの案件において、定性/定量調査やワークショップを設計・実施。
※所属は記事公開当時のものです。
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