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2021.09.13

行動に繋がるUXの設計 行動変容デザイン、ナッジの活用

#UXデザイン#エクスペリエンスデザイン#ナレッジ・ノウハウ

上村玄 上村玄

1. 「顧客が動かない」という課題

身の回りに情報があふれ、あらゆる産業でコモディティ化が起きている現在、メッセージが響かない、顧客が具体的な行動を起こしてくれない、といった悩みは業界業種を問わず、商品・サービス担当者が抱えているのではないでしょうか。

たとえそれが顧客にとって有益な提案であっても、「これがあなたのためです」と声高に叫んでも、行動を起こしてくれないどころか、単調なしつこいアプローチはむしろ不信感を抱かせ、ネガティブに作用してしまうことも少なくありません。

例えば多くの方が他人事ではなく多少は興味を持っている「老後のお金の不安」や「万一に備えた保険」「問題がある旧型商品の買い替え」「健康のための医療や運動」といった話であっても、具体的に検討してアクションまで起こしてくれるのは限られた一部の人だけです。

これは我々人間が必ずしも合理的に行動するわけではなく、無意識下での心の動きによって行動や選択をしているからでもあります。

当然ながら、単にサービスの特長をお勧めするだけでは良いアプローチとは言えません。

顧客の心にメッセージを響かせ具体的な行動を起こしてもらうためには、顧客体験を設計する場面においても様々なUX戦略や理論の活用が求められ、すでに数多くのサービスやプロダクトにおいて行動変容デザイン、ナッジ理論が活用されています。

2. 行動変容デザイン、ナッジとは

行動変容デザインとは、端的に言えば「顧客の行動を促す設計」です。行動科学の知見を活用し、課題解決のためにユーザーの行動をデザインする、体験を設計するという意味では行動デザインはUXデザインのひとつとしても考えられます。

行動科学の知見を活用した顧客行動の設計は、GoogleやUberといった先進企業だけにとどまらず様々な社会課題、政策課題の解決に取り入れられており、有名な例では年金貯蓄の促進やカフェテリアでの健康増進、米大統領選での支援者の行動促進等にも活用されています。

そして行動科学の理論の中でも特に注目を集めた「ナッジ」は2017年にノーベル経済学賞を受賞した行動経済学者のリチャード・セイラーとキャス・サンスティーンが提唱した概念です。

既にご存じの方も多いかとは思いますがあらためて説明すると、ナッジ(Nudge)とは”ヒジで軽く突く”という意味で、小さなきっかけを与える事で行動の傾向を変える、強制やインセンティブに頼らず、選択肢を制限せずに人の行動をより良い方向へと導く手法の事を差します。

ナッジは公共政策において成功例がありますが、商品やサービスの体験設計においても有益な手法です。

3.行動デザインの具体例

●清掃費の削減

ナッジの成功例として有名なのが「小便器に描かれたハエの絵」です。オランダの空港内の男子トイレでは床の清掃費が高くついていましたが、小便器内にハエの絵をつけたところ床を汚す利用者が減り、清掃費が8割減少したと報告されています。これは「的があればそこを狙う」という利用者の行動特性を利用した手法です。

●納税率の改善

イギリスでは税金滞納者に対して「あなたと同じ地域に住むほとんどの人が期限内に納税を済ませています」という、ありのままの事実を伝えた手紙を送付したところ、納税率が68%から83%に上昇しました。 このケースでは人が持つ「同調行動の原理」を活用しています。

●企業年金制度の加入促進

アメリカでは、「加入する事を自律的に選択するオプトイン方式」での企業年金制度の加入率はわずか20%だったのに対し、「加入しないことを選択するオプトアウト方式」にした場合の加入率は90%に跳ね上がりました。 これは「デフォルト」を変えたことによる効果です。

上記の他、スーパーのレジ前にある足跡マークで自然と人を並ばせる効果や、オススメ商品を提示して選択しやすくさせる効果もナッジの一例です。

4. UX改善での活用

過去に私達のチームが関わったプロジェクトで、このような行動デザインの手法によって顧客の反応率が150%以上改善し、大規模な経費削減を実現することができた事例をご紹介します。

ある保険会社様では、契約済みの顧客に対し、契約中に発生する保険手続を対応するよう連絡をしても反応率が悪く、未対応手続きの処理に大きな費用がかかることが課題となっていました。また、その手続きをしないと顧客自身も少額の損失が発生する状況となっており、顧客のためにも見直しをしたいと考えられていました。

この課題に対するUX改善アプローチとして、まずは「誰に、どんな行動で、どうなってほしいのか」というゴールとアクターを明確化、そして次に「どのようにゴールに到達してもらうか」というビヘイビアプラン(行動シナリオ)を描くことで状況とストーリーを可視化しました。

そして企業と顧客の間のコミュニケーションとそこで起きる顧客の心の動き、行動を整理し、そこでの課題仮説を人の行動原理・特性も踏まえて抽出した後に、解決施策を設計していきました。

ここでは英国政府のナッジユニットで利用されているフレームから以下の考え方を抜粋して活用しています。

・Make it Easy:簡単に(面倒をなくしシンプルに)
・Make it Attractive:魅力的に(報酬や損失を明示)

この項目を活用し、手続きする内容を簡単そうに見せること、人の損失回避性を利用することを主軸に改善に取り組みました。

もともとの顧客への案内は説明が分かりにくく、顧客にからはとても面倒な手続きを行うように見えてしまうという課題があったため、第一にそれが簡単な手続きであるように見せる事を考えました。

「顧客に行ってもらう手続きをステップで具体的に明示する」「手続きにかかる時間の短さを伝える」「文字を減らしてイラストで説明する」「本当に必要な情報以外は省く」といった方法です。

また、人はメリットよりもデメリット(損失)を過大に評価するという特性を意識して「いつまでに対応しないと自分にとってどんなデメリットがあるか」を強調して伝える形式を取りました。

そうして検討した複数案をプロトタイプを用いて効果検証し、最も評価の高かった施策案を第一弾としてリリースした結果、初回から反応率が過去比較で150%を超える大きな成果を得ることができました。

さらにその後も、この結果から得られたデータ、フィードバックをもとにしたさらなる改善や、顧客属性・志向にあわせてパーソナライズした案内を行うなど、より良い顧客体験を追求していく活動が考えられています。

5. 最後に

繰り返しになりますが、顧客行動を分析し、課題要因とそれに対する有効な打ち手を行動デザインの見地から考案する施策は、UX改善の取り組みにおいて非常に有効です。

ビジネス成果の創出に向けて顧客にどのような案内を行い、どのように誘導してゴールにたどり着いてもらうか、適切なアプローチ手法の検討にあたって、お役に立てば幸いです。

上村玄

上村玄

CX/UXデザイン事業部

大手デジタルマーケテイング会社を経て、電通イーマーケティングワン(現 電通デジタル)に参画。UX/UI設計の専門コンサルタントとして、顧客起点アプローチでの調査、戦略設計、エクスペリエンスデザインから要件を具体化した情報設計の実行を得意とする。近年は金融系クライアントに特化したプロジェクトマネジメント、リードアーキテクチャ業務に従事。
HCD-Net認定 Human Centered Design Professional

※所属は記事公開当時のものです。

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